みょうじなまえは、遠くなる沿岸に思いを馳せていた。
 老人は無事だろうか。町の人々は、ひどい扱いをうけたりしていないだろうか。一緒にいたのはほんの少しだったけれど、この世界に来てはじめて優しくしてくれた人々と別れるのはやはり少し、いやとても心寂しいものだった。
 ―――その後の身の置き場が、大海賊時代の頂点に皇帝のように君臨する四皇の一人、エドワード・ニューゲート率いる白ひげ海賊団の船ならば、尚更。

「あのう」

「なんだ?」

 少し船が風に乗り始め、ついに町が水平線に消えようとしたころ。
 いまだに甲板に座っているなまえは、いまだに位置をうごかないエースにそろりそろりと視線を向け、話しかけた。

「えっと、船に乗るって、具体的に何をすればいいんでしょうか…?」

 なまえは船に乗るのもはじめてである。普通の船やクルーザーなら接触感応能力を使えば操縦方法はわかるし、完璧に操りきれる自信がある。
 だが、それが海賊船となると話は別で、しかもさっき軽く甲板をさわってみたところ、この船は機械操縦ではなく帆を張り自分たちで舵を回すつくりらしい。そんなものはもちろんただの高校生であるなまえには、たとえ能力で原理がわかっても操縦できるものではない。

「あ?そんなんおまえ、一応捕虜なんだから何もしなくていいんじゃねェか?海にさえ落ちなけりゃ自由にしていいと思うぜ」

「…そういうものなんですか?」

 あっさり言い放ったエースだった。
 だが、なまえとしては何かひっかかるものがある。あくまでも“表向き捕虜”と言われているのに、なまえの受けている扱いは、なまえのしっている“捕虜”という言葉とはまるで違うのだ。
 ううん、と腕を組んでどうしたものかと考えているなまえをみて、何か別のことで悩んでいると勘違いしたらしいエースは、

「あァ、この船にはナースとして女もたくさん乗ってるから、生活で何か困ったことがあったらそっちに言えよ?」

「ナース?」

「おう。一応戦闘員の女達もいるがアイツらに女の生活云々を求めてもだめだ」

 へえ、と思わずうなずいてしまった。なまえの中の海賊像といえば、傷なんかツバつけときゃ直る直るほらさっさと次の宝探しに行くぞヤッハー!とか何とかいってひしめき合う男達、とかいうものすごく失礼なイメージしかなかったので、ナースという単語には正直驚いていた。
 船は風を受けて帆を膨らまし、順調に海の上を泳いでいた。こうしてみてみると確かに、船はところどころきれいだし、女性がいるといわれてもおかしくない風貌である。

「あ、あとその、聞きたいことがあと一つ…」

「一つと言わないでこの船の上でわからないことがあったら何でもおれに聞けよ。 一応拾ってきたのはおれだから面倒くらいみてやる」

「えっ ありがとう、ございます…?」

「生活面についてはナースに聞けよ。さすがに答えられねェこともあるからな。 で、なんだ?」

「その…赤目、についてのことなんですが」

 そこまでいって、ついにエースの目を見続けることができなくて俯いてしまう。きっと自分が別の世界(なまえの中で確定した)から来たことは黙っておいた方がいい。だが、エースの目を見てると、全部言ってしまいそうになるのだ。―――自分がどれだけ心細いか、これからどうすればいいのかどれだけ不安に思っているか。
 でもきっとそれを言えば、エースたちは絶対になまえを拒絶したりしない。まだほんの少ししか一緒にいないけれど、この海賊たちはきっとそう。接触感応能力者として他人の心に直接触れる機会があったからこそ、このひと達がどれだけ良い人か、短い時間でもわかるのだ。

「詳しいことは、いえないんですけど。…わたし、赤目がどういうものかよくわからなくて、」

「……? じゃぁ、おまえ今までどうやって…、まァいいか。今はまだ詳しいことは聞かないでおいてやるよ―――コウキ!」

 誰かに呼びかけながら、自分達はなまえがいやがることはしないぞ、と暗にいうように、安心させるように、なまえの頭に手を置いた。

「呼んだかー?」

 エースの呼びかけに答えるように、一人の青年が上の甲板から降りてくる。先ほどなまえたちの会話をさえぎって、船の出港を早めた青年だ。男にしては華奢な体をした、茶髪の猫毛を携える青年。そして、

「あァ、さっき上から見てたならだいたい知ってるだろ。コイツ――なまえって言ったか?――が一時的に船に乗ることになった。 んで」

「あ!おまえ!」

「あ……!」

 なまえは、間近で見たこの青年には、見覚えがあった。
 背中に光を浴びて、海に飛び込んだなまえを心配そうに見下ろす瞳。あのときは暗かったこともあったしよく見えなかったが、今改めて見てみるとその瞳は、なまえと同じく燃えるように紅い。
 なまえを見るなり早足で近づいてくる。その足並みが心なしか乱暴に見えて、あの時のことを咎められるのかとなまえは肩を竦めた。

「無事だったのか!いやーよかったよかった! あれからイロイロ後悔してたんだよなー、すぐに飛び込めばよかったとか命綱気にしてる場合じゃなかったとか」

「いや、あの」

「すぐにでも町に探しにいければよかったんだけど船の損傷具合の調査とか怪我人の回収とかでいけなかったし。…そのうえ2番隊隊長はどこかいっちまうしな」

 青年はマシンガントークさながらなまえの返答を待たずに一人で話し続ける。なまえが呆然としていると、青年はエースのほうをじろりと最後ににらみ付け言葉を区切る。
 じろりと視線をむけられたエースは気にしてない風に口を開いた。

「本題に入れ」

「あーはいはいわかったわかった赤目のことだろ?赤目のことって言いや赤目自身が一番しってるはずなんだけどな …わかってるって聞かない聞かない。知ってたらとっくに話してるよな」

 そういってエースにあきれたように笑いかける。どうやらエースは無言の視線をコウキと呼ばれた青年に送って、なまえが詮索されることを防いでくれたらしい。

「よーしじゃあ赤目のことについて分からんことは全部オレがまとめて答えてやんよ!そのかわりオレのことはお兄ちゃんとよブッ!?いってェな何すんだよ!!」

「さっさと話せつってんだよ!」

 バシーンと頭をはたかれて、その勢いでうつむきながらコウキはエースを睨んだ。
 口の中だけでちくしょうおぼえてろよこのスケベが、とかなんとかもごもご言ってから、はたかれた頭を押さえつつ視線を戻す。

「で、何が分からないんだ?」

「えっと、なんていうか、全部なんですけど」

「…全部…こりゃまァたずいぶんとアバウトな」

 複雑な表情で半目になったコウキは、顎に手を当てて考え込む。
 そのコウキとなまえの様子を隣からみていたエースは、

なまえが記憶喪失だと思ってイロイロ教えりゃいいんじゃねェの?そんな感じだろ?」

「あ、はい。だいたいそんな感じでいいと思います」

「ん?そんな感じでいいのか?なら話は早いオレをお兄ちゃんとブホッ」

 懲りずに第二撃をくらったコウキは懲りてないのか気にしてないのか言っても無駄だと思ったのかこうなることを予測していたのか、もう見向きもしなかった。

「んーじゃァ、まず大前提から説明していくな」

 コウキからしてみれば、赤目がなんたるかを赤目の少女に説明するのは些か違和感というか、なんとなく不思議な感覚があった。が、それを問いただしたくなる好奇心を押さえ込んで、何もしらない(らしい)少女に、赤目についてひとつひとつ話し始めた。




 なまえは、目の前にいる自分と同じ赤目を持った青年が紡ごうとする言葉に耳をすませていた。それはこれからのなまえの未来を大きく左右するものだし、自分としても知っておきたい知識であったからである。
 その赤目をもった青年――コウキは、甲板の手すりに腰掛けながら話しはじめた。

「まず、“赤目”っつーのは、生まれながらに赤い目をもっていて、そして生まれながら、俗に“超能力”って呼ばれる異能が使える一族全体のことを指して“赤目”という」

 それはなまえのいた日本でもそうだった。おおっぴらに世間に公表されているわけではないし、なまえが出会ったことある赤目を持つ人物もほんの極少数だ。

「今確認されてる赤目は3人。昔はもっとたくさんいたんだけど、まあ、イロイロあって確認できてるのはそれだけ。オレと、海軍の方に2人。まあ、そんでおまえが4人目。赤目は”赤目”ってだけでまず1000万越えの賞金首になる」

「えっ、え?………え!?」

「それだけじゃなく、その能力に応じてさらに賞金が掛けられ、常に人オークションじゃ人魚と同等レベルの高値で取引されるな」

 そんなに人数いるわけじゃないから売られたっつー話はきかないけど、とコウキはあまり興味なさげに言い捨てた。つい昨日売られそうになっていたなまえからしてみればものすごく重大な事実であったが、こちらでは当たり前のことらしい。
 それより気になることが一つ。賞金首―――映画やアニメでは聞いたことがあるような気がしなくもないが、一般的な女子高生だったなまえにとっては一番リアリティのない単語である。
 そもそも、老人と手をつないでいたときに情報として入ってこなかったということは、この世界では”あたりまえの常識”である可能性が高い。例えるなら、信号が赤なら止まる、青なら進む、というような。なまえの接触感応能力は、わざわざ頭で考えたりしなくても無意識下で起こせる行動情報などは触れるだけでは得られないのだ。
 文字面だけで不謹慎なその言葉の意味を、再確認するように口にだす。

「あの、賞金首、1000万って………え?」

「ああ、オレの場合は今1億2400万ベリーだぞ。確認されてる赤目の中で賞金掛けられてんのはオレだけだから、他の二人がどうかはわからんけど。 でも、“赤目”の能力を持ってるだけで1000万は実力の有無でつけられる。無論、今回見つかっちまったおまえにもな」

 1000万ベリーというのが日本円に換算するとこの世界でどれくらいの金額かは即座に計算としてだせなかった。だが、1000万という単位は、どう考えても1000円や2000円でないだろう。なまえはどうしようもないスケールに目眩さえ覚えた。
 コウキはコウキで、

「(ま、海軍に自ら協力体制とりゃあ、賞金なんかかけらないし結構なポジションにつけるんだけど。おもしろそうだからこのままほっとこ、っと)」

 とかなんとか心の中で思考を巡らせたりしていた。
 自分が”おもしろい”という理由だけでわりと重要なことを教えてもらっていないとは露知らず、なまえなまえでこれからのことを真剣に考えたりしていた。

「…あれ?そういえば、確認されてる”赤目”は3人って言ってましたよね?」

「ん?あぁ、そうだけど。今はおまえいれて4人な」

「でも、えっと…エースさん?も、見たところ発火能力者…パイロキノに見えたんですけど…」

 あれ?と首を傾げるなまえを見て、目の前にいるエースとコウキはあからさまに眉を顰める。その表情をみてなまえはやってしまった、と肩をすくめるが、それに対して大した言及は無かった。そのかわり、

「オレはいまちょっと理解した。どうしてなのかは聞かないって決めてあるから正誤は聞かないが、おまえ、箱入り娘だったろ」

「!?」

「おまえも思ったか。理由は聞かねェと約束したからわからねェが、コイツはとんでもない箱入り娘と見受けた。ほんとに記憶喪失並にモノがわかんねェんだな」

 二方向から言外に世間知らずという評価を浴びせられてショックをうけるなまえなまえのいた日本では、なまえの能力を以てして得られない情報は無かったため、尚更である。
 しばらく二人はあきれたような目でなまえをみて、なまえもショックをうけつつも会話が続けられることを祈るように二人に目を向けていた。

「…エースとかウチの隊長の能力は、“悪魔の実”を食べることによって発現する能力だ。そんでここにも“赤目”が特別視される要因があったりする…わけなんだが…」

 と、不自然なところでコウキの言葉が途切れる。
 コウキは何か、見えない電波を受信するようにあたりを見回すと、町が見えなくなって今では限りなく広がる水平線しか見えない方向へと視線を向けた。
 そして、

「…ちょーっと、やばいかも?」

 と、決して“ちょっと”じゃなくやばい顔で笑いながら言った。

20110103 織間