みょうじなまえはエースのいった言葉の意味を悟る。確かにこの揺れと衝撃の中暢気に喋ろうとしていたら、船とともに揺れるなまえはあっというまに舌を噛んでしまっただろう。
なまえは倒れた甲板に手を突いて、上半身だけを起こして沖の方を見る。
そこには「MARINE」と言う文字とカモメのようなマークがかかれた旗を掲げる船が、3隻ほど浮かんでいた。そのうち一隻はものすごい大きさで、その両脇を固めるように小さめな船がついている。どうやらその三隻から発射された砲弾が船に降り注いでいるようだ。
「うわっ…きゃあ!」
沖にある船が砲弾を発射する衝撃が轟音となって、それだけで耳が痛くなる。しかし、その轟音に比べると船にくる衝撃はかなり少ない。なまえが不思議に思って痛む耳を押さえつつ前方を見ると、そこにはどこからでてきたのか大勢の船員と思わしき男たちが砲撃に砲撃を当て、相殺していた。一歩遅れて砲弾を発射するこちらの船はどうしても衝撃を強く受けるが、確実に多くの砲撃を空中でしとめている。ものすごい技術だ。
そして、その空中爆発に紛れて揺らめくオレンジ色の光があった。時刻は日の沈んだ夜であるのに、船の上がどうも明るいと思ったらその光のおかげらしい。
空中で、炎が踊っている。
「…きれい」
思わず呟いていた。その炎のように揺らめく光は、軌道的に防ぎきれない砲弾へと飛んでいって打ち落としている。その度に火の粉が降り注ぐが、この船の船員たちにとってはそれさえも戦意を煽るもののようで、飛んでくる砲弾を打ち落とす技術はどんどん上達し、しばらくするとこちらからも砲弾を打ち込めるほどの余裕ができてきた。
―――すごい。
見とれていたなまえに、空中で爆発した砲弾の、大きめのかけらがとんでくる。船員の卓越した技術に見とれていたなまえは直前に気がついて、とっさに目をつぶり、そのままおそってくるであろう衝撃に身を堅くする。
「おい、隠れてろつったろ」
はじかれたように顔をあげると、羽織っていたシャツはもう脱ぎ捨てたらしい、背中にある大きな入れ墨が目に入る。
肩越しに振り返ったその顔には不敵な笑みが浮かんでいる。その目の前でとんできていた欠片が甲板に落ちる前に燃え尽きた。
なまえは目の前の状況を呆然と見つめていた。まさか、この男も自分と同じ―――
「何ほけっとしてんだ。早く隠れろ」
そういうとまた前方に向き直り、飛ぶようにしてまた砲弾の雨の中へと向かっていった。
戦況は、確実に押し始めている。船の砲弾が沖にある船の帆に当たって、激しく燃えあがった。
その時、明らかに砲弾の軌道がおかしくなりはじめた。
「!?」
まだ大半の砲弾はこちらの船に向いている。だが、確実に、大きい砲弾がすべて、町へと向かっていた。
自分の船へ向かってくる砲弾に向かって標準をあわせていた船員たちは、横を素通りする砲弾に気づかなかったようだ。オレンジ色の揺らめく光も。
なまえはその砲弾を目で追っていた。ゆっくりと、砲弾が確実に町へと飛んでいく。
「だめ!!!」
なまえの叫びは爆音に飲まれてしまった。が、なまえはそれどころではなかった。ドォン、という一番大きい轟音とともに、町が崩れる音が聞こえたのだ。
町が、燃えている―――。
その轟音に気づいた船員たちが自分たちの後方にあった船を振り返る。オレンジ色の光を放っていたエースも地に降りてきたようだ。一瞬、本当に一瞬動きが止まった。しかし沖の船はその一瞬を見逃さなかったようで、船に一斉に砲撃が向いた。反応が遅れてしまった船員たちは急いで動き始めるが、もう遅かった。船に雨のように砲弾が降り注ぐ。
「どうしてっ…」
なぜ町に砲弾が。間違えて軌道がずれてしまった、ということだけではあるまい。大きい砲弾だけが確実に町に向いていた。これは、人為的な何かだ。
なまえの脳裏に、皺だらけの、なまえの肩ほどにしか身長がない老人の顔が浮かぶ。
―――こんなことをしている場合ではない。
なまえはそれだけ考えると、船の船尾へと向かう。見下ろす海はものすごく黒い。闇にとびこむようなものだろう。だが、今は揺らめくオレンジ色の光が、あたりを照らしていた。幸い、砂浜にも近い。
なまえは一度目を閉じて深呼吸する。たとえ町の臨海部の海だとしても、この世界の海にどんな危険が待っているかはわからない。
だけど―――!
「お?何してるんだよ」
後ろから声がかかる。なまえははっ振り向いた。そこにいたのはなまえと年があまり変わらないような一人の青年がいた。燃え盛る町の赤を瞳に落としているためか、目が赤く見える。
「ここは危ねぇって。はやく室内に戻ったほうがいい」
なまえはさっき、エースに頭をなでられた際におぼえた違和感の正体を見つける。
この船の船員は、なまえのことを捕まえたにも関わらず、縄も錠も掛けずに放置しているのだ。そして心なしか、心配という類の物もしているようだ。ただの捕虜であるなまえにそこまですることに、なまえは違和感とも思わしき、居心地の悪さを感じていた。
「………」
「? 何する気だよ。もうすぐ船が動くからあまり船端によるなって…」
青年がなまえの様子に気づいたのか、一歩二歩と近づいてくる。
にらむように前方の町を見据える。なぜ出会って一日二日の人のために、ただの女子高生であるなまえがここまでしようとするのだろう。なまえは自分でも不思議だった。
「あっ、おい!!」
なまえは船尾の手摺りに登り立つと、青年の制止も振り切って、そのまま黒とオレンジの光がにじむ海面へと飛び込んだ。
静寂。
なまえはその海水の冷たさに一瞬で体の芯まで凍るような寒さを感じる。すぐに海面にあがって助けて、と叫びたい気持ちだった。
落ち着いて掌を開く。ここ一帯の海を探ってみるが、どうやら大型の魚類はいないようだ。なまえは少しずつ足を動かし、手を動かし、水面へと向かう。
「大丈夫か!?今助けるからじっとして浮いてろよ!」
なまえが自分から飛び込んだのは明確だったはずだ。なのに海面から見上げた青年は、救助用のロープを柱にくくりつけて、それを自分の体に巻いているようだ。自分も飛び込む気らしい。
「だ、だいじょうぶです!ごめんなさい!こないで!!」
なまえは精一杯声を張ると、そのままもう吸い込めない、というほど空気を吸い込んで、暗い海面へともう一度もぐった。
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みょうじなまえは、接触感応能力者と呼ばれる類の超能力者である。自分の掌で直接ふれたモノの過去、状態、すべての情報を透視ることができる。それは”物”だけでなく、”者”にも有効で、人の素肌に直にふれれば、その人の過去、状態、さらには心理状況まで、すべてを透視できてしまう。故に、接触感応能力者は、その能力が発覚した瞬間に、人に直接ふれることを極端に恐れられ、そして恐れることになる。
その特殊な能力は生まれながらになまえに宿っていたものだった。
特異な能力を象徴するような、禍々しく燃える赤い瞳とともに。
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なまえは目をつぶり砂浜に手を着いて、町の方へと思考を巡らせる。なんとかここまで泳ぐことはできた。ここからは、なんとかなる。
「…いた!」
昼間読み取った老人の情報を思い浮かべる。―――身長147cm、体重39kg、歩幅34cm、踵が低めの下駄―――地面に手を突いて町を探し続け、移動する目標を見つける。
なまえは海を泳いだことによって濡れてしまった服を軽く絞り、町へと走り出す。全身びしょ濡れだったため、自分がどれだけ汗をかいてるかなんてわからなかった。また沖の方で爆発音が聞こえたが、なまえは振り返らない。
手持ちの物はすべて船に置いてきた。なまえは正真正銘の無一文となったのだ。しかし、今はそれどころではなかった。
足下が砂浜から赤煉瓦の道になる。港は静まり返っていた。あたりまえのことだ。今日は祭で、町のほとんどの人が中心部へとあつまっていたのだから。
どうか最悪の事態だけは―――。
なまえは昼間から走り回って疲れていた足に鞭を打って、真っ暗闇の空に燃え盛りながら赤い光をばらまく、町の中心部へと急いでいた。
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「青雉殿!白ひげ海賊団が町から離れていきます!」
精悍な若者の声が響く。
敬礼をしながら発せられた言葉の行き先は、交戦中にも一人ハンモックの中で自分の腕を枕に眠る男。
「ん〜?お疲れさま。じゃあ、上陸の準備でもしようか」
起きあがろうともせずに、そう声だけで若者に指示をだす。若者は短くはっきりと返事をすると、足早にでていってしまう。
「ところで、”瞬神”さんは戦線にでなくてよかったのかな?」
「…」
部屋にはいってきた若者は気づかなかったようだが、部屋の奥にはもう一人青年が座っていた。黒い髪に、すこしだけ入る月明かりで浮かぶ青。暗いなかでよく表情が見えないが、その目は何もみていないようで、ただやる気のなさそうに半分閉じられている。海軍の白いマントを羽織っているその体の線は、軍人らしからぬ細さだった。
青年が、華奢なその首を小さく縦に振る。
「まあ俺がいえたことじゃないけどね。俺は勝手についてきただけだけど、この件を任された准将さんとしては、不安じゃないか?」
「…べつに」
冷たい声。青年は話しかける青雉のほうを見向きもせずにいう。青雉はそんな青年をあきれた目でみると、はあ、とため息をついて立ち上がった。
「じゃあ町には俺が降りるよ。ツケ1ね」
「…」
何も返答がないのを肯定の印と見なして、青雉は月明かりがわずかに照らす、薄暗い部屋に青年をのこしてでていった。
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なまえはやっとの思いで町へとたどりついた。幸い、人が一番集まっていた宴会の広場には砲弾が直撃しなかったようだ。なまえは小さく胸をなで下ろして安堵する。
何人か怪我人はいるようだったが、そこまで大きい被害ではないだろう。中心部にほとんど人が集まっていたのが不幸中の幸いだった。
なまえは飛んできた瓦礫が当たってしまったのか額から血を流している青年に掌でふれて、近くであたふたしている女性へと声を掛ける。
「この人は軽傷なので、応急処置だけお願いします」
「でもこんなに血が出て…」
「目の上の傷は浅くても大袈裟に血が出るんです。大丈夫ですから、傷口の上から当て布をしてあまり動かないようにしてください」
そのとき、なまえはある異変に気づく。一瞬見えた広場の中心にある噴水に、人だかりができているのだ。いやな予感がなまえを駆け抜ける。
なまえは患者に手を当てたまま、その集団を振り返った。一様に真っ白な制服と帽子に身を包んだ男が、祭を楽しんでいたと思われる男衆にまじって噴水の周りを固めている。
どうしたのだろう。何か争うような声も聞こえて、なまえは不審に思い凝視する。
そんな中、なまえの視線に気づいたのか、一番手前にいた白い服の男が、なまえのところまで歩み寄ってくる。なまえの肩に手をおいて、
「救助活動への尽力感謝する。あとは我々が致すので、もう下がりなさい」
何を言うか。
自分たちがこの町に砲撃を打ち込んで、一年に一度の祭りをぶち壊して何を。船上でその砲撃をみていたなまえには、このひとたちがこの町に意図的に砲撃したことはわかっていた。
なまえは肩に置かれた手に掌を延ばし、だまって下からにらみつける。
「………」
「どうした。下がりなさい」
この男には悪いが、なまえは男の心の中を読み取っていた。読めば読むほどでてくる最悪な真実に、なまえはふつふつと沸き上がる怒りを抑えることができなかった。
なまえが口を開こうとした瞬間、噴水側で声があがる。なまえはそのとき動いた人垣の間に見えた物にすべての意識を奪われてしまった。
「こら、待ちなさい!」
なまえは男の制止を振り切って噴水の方へ走る。人混みを必死にかき分ける。その人混みは大人の男ばかりだったので、小柄ななまえにとっては進みやすかった。なんとか先頭にたどりつき、その光景をみる。
―――驚愕した。
「おじいさん!?」
背中に正義とかかれた白服を着ている男が噴水の縁に、老人を押さえつけている風景。その周りにはきっと抵抗したのだろう、老人の周りで陽気に酒を飲んでいた男衆が、ほかの白服の男たちに押さえつけられていた。
なまえは怒りで顔が熱くなる。
「なにを、してるんですか…!?」
「この老人は町長だが、海賊と密接につながりを持ち、手引きをしていたことが発覚した。これを政府への反逆行為としてみなし、連行する」
言葉がでなかった。なまえはそこで老人に責任を負わせて連行するのは訳が違うだろう、と、なんて理不尽なことをいうのか、と怒りに目を見開いた。町の人は怯えているし、地面に押さえつけられている男衆は傷だらけだ。
「なにを…!」
「海賊と関わることは愚かなことだ。白ひげだかなんだか知らないが、海賊にロクな奴はいない」
たしかに、なまえはここにきて一番最初に海賊に危険な目にあわされた。だが、そのあとに出会った白ひげ海賊団の船員たちは、頭ごなしに”ロクなやつはいない”と決めつけるには些か早すぎるような気がしていた。
「おじいさんを離してください」
ふつふつと沸き上がる怒りを抑えながらそう言うと、一瞬海軍は例に漏れずきょとんとする。そしてなまえがなにをいったのか認識すると、
「お前はこの老人の知り合いか?ならばお前も連行するぞ」
おい、と近くにいた平海兵に顎で指示をする。海兵はどうやら少し引け目を感じているようで、おずおずとなまえの腕を掴む。その捕まれた腕を、掴んだ海兵の腕をなまえは思い切り振り払った。
「愚かなのはどっちよ…」
先ほどの海兵から視た記憶で、なまえの怒りは沸点に達していた。
「自分の私利私欲に走ってるのはあなたたちじゃない…!あなたたちの目的はこの町の下にある海底鉱山でしょう!そのためにこの町を手に入れたいから、白ひげ海賊団がくるこの時期を狙って、交戦の中流れ弾が当たったように見せかけて町を砲撃した!」
そして、町にこれ以上被害が及ばないようにと早々に撤退した白ひげをあざ笑っていた。
どうやらこの事実は、町の人たちも知らなかったことらしい。「海底鉱山?なにそれ」といった類の言葉が飛び交っている。
―――何もしらない町の人々を、そのまま利用しようとした。
「海賊より、あんたたちの方がよっぽど愚かじゃない!!!」
そのなまえの台詞にどうやら頭に血が上ったらしい一番偉そうな男が、つかつかとなまえのところに寄ると頬を握り拳で殴った。
派手な音を立てて地面へと突っ込んだなまえに、人垣が騒然とする。
「その娘も連行する!押さえろ!!」
―――やってしまった。
なまえは最後の抵抗としてその偉そうな男を下からにらみあげる。人垣の中から白服の男が2人でてきて、なまえの方へと歩み寄った。その時だった。
「ちょっとまった」
その声は、人垣の向こうにいる頭一つ高い人物から発せられたようだ。声の主は、人垣を抜けて噴水のところまできて、なまえと、白服の男2人を見下ろした。
目があった瞬間、周りの温度が5℃は下がったのではないか、となまえは錯覚する。なまえを捕らえるように命じた男が、一歩前へでてくる。
「大将殿!わざわざでてこられずとも、そんな小娘一人私たちで十分でしたのに…!」
「ん?いやあ、ちょっと気になることがあってね。それと、君」
あわてて出てきたなまえを殴った男を指さして、「女の子顔、殴っちゃだめじゃないか」。
「は?いえ、あの」
「いえでもあのでもない。とくにこんなあくまでも一般人の、女の子の顔を殴るなんてダメだろ」
なんだそのなにか引っかかる言い方は。なまえはその巨体の男性の意図が掴めなくて、いいようもない不安に狩られた。
地面に座ったまま探るように大将と呼ばれた男を見上げる。と、しゃがみ込んでなまえの腕をつかんだ。
巨体の男はなまえの腕をとると、自分の目の前に持っていくようにぐい、と引き上げる。日本の一般女子高生平均となんら変わらないなまえの慎重ではふつうにのばしただけでは足りず、必然的に腕で体重を支えるような形になる。
「いたっ…」
「どうして海底鉱山のことを知ってる?このことは海軍だって現場の奴らと上層部しか知らされていないはず。見たところこの海兵の中に知り合いも居な…」
男が不意に言葉を区切る。
なまえは不思議に思ったが、腕にかかる力に顔をしかめて、その男の腕を振り払おうともがく。が、その明らかな体格差があるお陰でビクともしない。
「………?」
何も言おうとしない、だけど手を離しも緩めもしない男を不思議に思ってなまえが見上げると、男はなまえのことを凝視していた。
なまえはその視線に、雰囲気に、顔がこおばった。
―――この男は、知っている。
「“赤目”か」
「…!」
小さく呟かれた言葉を聞いて、なまえはこの世界に来て最大のショックを受ける。この男は、知っている。この瞳の意味を―――
「成る程…。それなら場合によれば納得がいく」
いやな汗が背中に流れる。
夕方につかまった海賊たちは、なまえの瞳の意味を知らなかった。だから、この世界ではとくに意味をもつものではないと、油断していた。だが、知っている人物もいるのだ。
なまえは捕まれている腕の痛みと恐怖に、薄く涙の浮かんだ目をつぶった。
「見つけたァ!」
そこに響いたのは、あまりに場違いな大きな声だった。
20100721 織間