みょうじなまえは目覚めなかった。自分はもう死んだと思っていたから。ずっと、その冷たく堅い感触に目を閉じていた。目を開けたくない。なまえはそう思っていた。
 頬にくすぐったい感触。そこでなまえは、感触?と思考を巡らせる。なんの感触だ、くすぐったいというより、痒い。痒いと言うより、なま暖かいしざらざらする。

「…え?」

 なんだこの感触!と目を開けてみると、案外素直にあいた。ずっととじていた目をぱっと開けたことによって薄暗い光にさえまぶしく感じられて、目を細めてしまう。最初に目に入ったのは、建物に挟まれた青空だった。
 感触の主は、突然目を開けたなまえに驚いて飛び退いてしまう。

「猫だ…」

 その声にそうだよ、と答えるようににゃあ、と一声なくと、黒い猫は続いている路地の奥へと走って行ってしまった。あっ、まって、と声をあげるが、自由気ままな猫が止まるわけもなく、あっというまに見えなくなる。

 ここは、どこだろうか。

 上半身だけを起こしたなまえは、周りを見回す。赤い煉瓦づくりの建物に挟まれた路地だった。太陽光が遮られて薄暗い。くさい、と思ったなまえは、腕をついて、下半身に力をいれて立ち上がる。
 そしてふらふらと、猫が走り去っていた方へとあるきだしてみる。

 この時みょうじなまえは、なぜ自分がこんなところへいるのかも、自分は電車に牽かれて死んだということもわすれていた。好奇心がなまえの心を支配していて、それ以外のことは考えていなかった。
 わき出る好奇心に急かされて、なまえは路地の出口まで歩いていく。

「えっ…えええ?」

 日本でも、ましてやイタリアでもない。町並みは外国風ではあるが、教科書でも旅行ガイドでも見たことのない町並みが広がっていた。
 その光景に圧倒されて、思わず立ち止まって行き交う人たちをまじまじと見てしまう。いろんな人がいる。普通に刀や拳銃を腰からさげているひとも男も女も大人も子供も、みんなみんな普通に行き交っている。銃刀法違反だとかそんなのは、誰も気にしていないようだった。
 その光景に見とれているなまえに、声がかかる。

「すごい活気だろう?お嬢ちゃん、リンゴはいかがだね?」

「わっ!?」

 急に声をかけられて、びくっと肩を揺らしてしまう。声のした方をみると、老人がにこり、と効果音のつきそうな笑顔で語りかけてくる。自分の肩ほどにしか身長がない、見るからに親切そうな老人。

「えっとあの、あたし、お金が…」

「おや?お小遣いもらえなかったのかい?」

 お小遣いって…となまえが内心苦笑いする。自分はそんなに子供に見えるのだろうか。

「すみません、リンゴ、欲しいのはやまやまなんですけど…。 あの、ところで今日はお祭りか何かなんですか?」

「ん?ああ、観光者さんか。そうじゃよ、お祭というよりは、感謝祭かのう」

「感謝祭?」

 なまえが首を傾げると、老人は一瞬驚いた顔をして「それ目当てじゃなかったんか」と言ったが、さして気にも留めずにすぐに説明をくれた。

「このご時世じゃから、海賊に荒らされる街も多いんじゃがの、この町は彼の白ひげ海賊団に守ってもらってるお陰で、この大海賊時代にもこうやって活気づいていられるんじゃ」

「かいっ…!?」

 なまえは海賊、と声をあげそうになるが、さっきの老人の反応を見る限り、どうやらここはなまえがいたところとは違う風習があるようだ。こういうときは無闇に自分がよそものと悟られるようなことはしない方がいい。
 考えるが早い、なまえは老人の手をそっと取って言った。

「あの、実はあたし、お母さんたちとはぐれちゃったんですが、よければおじいさんが町を案内してくれませんか?」

 手から感じられる老人の温もりを探りながらそう問いかければ、老人は快くうなずいて了承した。
 ごめんなさい、と心の中でなまえは謝る。この方法だけは絶対に使いたくはなかったが、致し方ない、こうでもしなければ情報は容易にあつめることは不可能だろう。なまえはそう自分に言い聞かせて、老人と歩きだした。




 歩いてみてわかった。なるほど、あの刀や銃を平気で持ち歩いているのは、護身用もしくは本業筋の人らしい。それから、おじいさんはそこら中に出ている屋台でなまえにいろいろ買ってくれた。空腹にうなっていたなまえには願ったり叶ったりだったが、それでは最初リンゴを売ろうとしていた老人に損なのでは?と思い申し訳なくなる。そのことを老人に伝えると、老人は「孫ができたみたいでうれしいからいいんじゃ」とわらった。
 通貨はベリー。聞いたこともない通貨、しかももっていない通貨になまえはこれからどうするのかを考えると気が遠くなった。そして老人からもらった情報によると、今この世界では海賊が蔓延っていて、町を荒らしたり人をさらったり大変な時代らしい。

「まあ、この町は大丈夫じゃよ。白ひげさんたちの異名はここの治安を抑えてくれてるからの」

 白ひげとは、その海賊だらけのこの時代に四皇というずばぬけた力をもつ、四つの海賊団の一つらしい。なぜ、それほどの海賊が町を襲うのではなく守っているのか

「いんや、海賊団に守られていると言う訳じゃないんじゃあ。ただ、その白ひげさんとろこの二番隊隊長さんに、昔恩を売ったことがあってな。それからこの近くの海域を通る度にちょっと寄ってくれては悪さする海賊どもを懲らしめてくれてるんじゃよ」

 「それがちょいちょい有名になってきて、誰もこの町には手出しせんようになったわい」。けらけらと笑う老人を見て、海賊にもいろんな海賊がいるんだなあ、となまえは心の中で噛みしめる。なまえは老人のその記憶を辿らないようにした。
 なまえが知りたいのはあくまで知識である。心深くの思い出まで漁る必要はないからだ。

「たしか明日明後日には、白ひげさんの船がくるんじゃないかの」

「船が?くるのはその二番隊隊長さんだけじゃなくて?」

「おお、祭を盛大にするようになってから、白ひげさんたちも来てくれるようになっての。なに、海賊なんぞ祭好きの集まりじゃから」

 へえ、となまえは相槌を打つ。いまその主役がいなくてもこの盛り上がりようなのだから、その人たち――しかも大勢がきたら、この町がいったいどのように騒ぐのだろうか。




「本当に大丈夫なのかの?」

「はい!ここまで送ってくださってありがとうございましたっ」

 ぺこっと頭を下げるなまえを、心配そうに見つめる老人。なまえと老人は、沈み始めた夕日の光を受けてオレンジ色になっている宿泊施設の前に立っていた。
 なまえは老人に大丈夫、と笑顔で言ったが、無論大丈夫なはずがない。何せ見たことも聞いたこともない町、きっと、世界も違う。なまえは自分の置かれた状況を信じたくなかったが、どうしようもないことはかわりようがなかった。

「これからどうしよ…」

 予約もなにもしてないない宿泊施設を背に、なまえは老人の背が見えなくなるまで見送ったあと、歩きだした。もちろん行く宛もなにもない。ただ、じっとしていられなかった。

 自分の置かれた状況を整理してみよう。
 まず、持っているものはここに来る前に持っていたバックのみ。バックの中身はここではおそらく無意味な携帯、日本の通貨のみの財布、日焼け止め軽い化粧品その他の入った小物ポーチ、鏡、駅前で配っていたポケットティッシュ、そして友人にもらった未開封のプレゼント。正直、なにもできない。
 そして今いるこの町もしくはこの世界(なまえの居た日本と世界が違うと仮定した場合。ちなみに、これはあまり認めたくなかった)では海賊が海を支配する大海賊時代。この町は幸い平和なようだが、ほかの町はどんな有様なのだろう。まだ海賊というものを見たことがないなまえは下手に町から出ることはできない。
 どうしようもなくなったなまえの足は自然と港――海へと向かっていた。入水による自殺を図ろうとしたわけではない。沈みかけた夕日を見に行くためであった。なにもかもどうしようもなくなると、ふとこういうときが訪れるらしい。無性に夕日が眺めたくなったのだ。

 てくてくてく、と見たこともない町を歩いて港へ向かう。祭をやっているのはどうやら中心部なだけのようで、そこから結構離れてしまったらしい。人の騒ぎが遠くで聞こえる。
 潮の香りがする風が吹き抜ける。人の騒ぎも心地いい音楽となる。自分がどうしてここに来てしまったかも、どうしたらいいのかもわからない。だけど、目の前に広がる海をみるとどうでもよくなってしまうような気がした。

「うわあ…」

 なまえは思わず声がでてしまう。どこまでも続く青い海に、夕焼けのオレンジが入って絵のような美しさを醸している。なまえの居た日本では、限られたところでしかこんな風景はみられないだろう。海の青がすごくきれいに澄んでいなければ、こんな風に色が混ざるはずがない。

 夕日に見とれていたなまえに声が掛かる。

「お嬢さん、一人?」

 なんだこの軟派なセリフは。絵に描いたような夕焼けに、本に書いたようなセリフ。なまえは一瞬で夕焼けに感じていた感動を失ってしまった。

「そうですが」

「ほら、やっぱり!祭の日なのにどうしたの?」

 ほら、やっぱりという言葉に不信感を覚えて見てみれば、ほら、やはりという感じで4人の男がそこにいた。ガラが悪い。一般人ではない。と見ながらに直感する。

「別になんでもないですが。何か御用ですか?」

「つっめたいなー、もしかして観光?」

 あくまでも冷たく当たってるんだから、温もりなんて感じる訳ないだろう。冷たく感じてくれなくては困る、となまえは思っていた。
 しかし相手は気にする素振りもなく、性懲りもなく話しかけてくる。さっきから一人、先頭に立った男しか話しかけてこない。少し不信感を越えて、警戒心が芽生える。

「………」

「当たり?」

 腕を捕まれる。とっさに振り払おうとするが、男はなまえが振り払おうとするのを予測していたかのようにがっしりと掴んで離さない。いよいよ怪しくなってくる。

「は、離して」

「一人で観光なんてしちゃだめでしょー、俺たちみたいな一般人に紛れた海賊だっているんだから」

 海賊。その単語を聞いて本気で抵抗しようとするが時すでに遅し、もしくは後の祭りで腕を引き寄せられて口を塞がれる。本格的に拘束の意を感じる。腕が後ろにねじ上げられたせいで、チカラも使えない。

「この時期は白ひげもくるから、俺たちみたいな小物には少し危険だけど…お嬢さんみたいな一人の観光客が狙い目なんだよね」

 いなくなっても誰も騒がないから、とニヤリと笑う。最悪である。




「………」

 なまえは倉庫らしき建物の床に転がっていた。あのあと手足を拘束され、口を布でふさがれ、担がれ、つれてこられたのは倉庫らしき建物。両手はしっかり体の裏で拘束されているし、起きあがることもできない。なんてことだ。
 そもそも知らない土地で、人気のないところに一人で行ったことが間違いだったのだ。そんなの日本でさえ当たり前のことなのに、置かれたことのない状況に置かれて、最低限の防犯もままらなかったようだ。なまえは自分のダメさに腹が立つ。昔、まだ自分のチカラが特異なものだと知らなかった頃に、一度こういうことがあった、気がする。
 まあそんなことは置いておいて、この状況をどうしたものか。誰かが都合よく助けに来るのを待つか。なまえは自分がどうなるのかなるべく考えないようにと、ほかのことへと考えを巡らせる。

「おー落ちついてるなあ、暴れたりしないでくれて楽で有り難いよ」

「………」

 港で、先頭に立ってなまえを一番に捕まえた男が扉を開いてやってくる。今仲間はどうやらいないようだ。
 暴れないようにここまで拘束していてよくそんなことが。いっそのこと狂ったように暴れてやろうかとなまえは考えた。だめだまだ人間捨てられない、頭を振ってその考えを払う。

「まあ安心しろって、ちゃんと高値で売りつけてやるから。つっても得するのは俺たちだけど」

「!?」

 ―――やっぱり!
 なまえは精一杯目を見開いてニヤリと笑う男を見あげる。そりゃそうだろう、なまえを捕まえてなにをするかといったら奴隷として売るか、自分たちが奴隷として使うか。海賊に捕まった時点でいい待遇があるはずがない。せめてチカラさえ使えれば、――使いたくないけど――なんとか逃げられるかもしれないのに。
 しかしなまえは自分の置かれた状況に未だ実感がわかなくて、それほど恐怖が沸かないのも事実であった。目の前の自称海賊たちはなまえを捕まえこそしたけれど、暴力という暴力は何もしていない。せいぜい縛って転がした程度である。

「逃げようなんて考えるなよ?俺たちだって商品はなるべく無傷で卸したい。若い女なら尚更」

「んむ…!」

 商品を卸す!なんて使い回し。日本で人間に対して使ったりすれば下手したら罪に問われるレベルである。なまえはどうしようもなくなって、睨みあげてみる。そんなことしても逆効果だとわかっているがそうせずには居られなかった。

「お、威勢がよくなったな」

 くい、と顎を持ち上げられる。目の前にしゃがんだ男の顔があって、目を逸らしたくなる。だがここで逸らしたら負けだと思ったなまえは、平然を装ってそのままにらめっこをしてみる。すると、男の眉が一瞬顰めた。

「へえ、目、赤いのか」

 なまえはそこでハッとして目を逸らした。が、遅かった。男は珍しいものを見るようになまえの顔をじっと見つめている。
 目が赤いというのは、白目が充血したことを言っているのではない。なまえのような純日本人なら茶色か黒の、瞳孔の部分が赤色なのである。遠目や夕焼けの前でしかなまえを見なかったから、男たちは今まで気づかなかった。
 なまえの持つ秘密を、この男は知ってしまったのか。この世界の海賊という稼業が、なまえのいた世界のあの組織と同じ情報を持っているのなら、なまえの瞳の価値を知っているのなら、なまえは奴隷どころかもっと悲惨な日々が待っていることになる。
 なまえは男の反応を身を堅くして待っていた。

「珍しい色だな…遺伝か何かか?こりゃ、思った以上に高く売れるかもしれねぇな」

 安堵の息をもらす。ただの色としてこの瞳を見てくれたらしい。しかし不穏なことには変わりがない。なまえはなんとかして逃げなければならない。そのあとどうするかは、とりあえず身の安全を確保してから考えるべきだ。

「んん、んむ、んぐぐ!」

「? なんだ?」

 なまえはいままでぴくりとも動かさなかった体を、精一杯捩ってみる。すると案の定異変に気づいた男は、またしゃがみこんでなまえの顔をのぞき込む。

「んむむ!」

「わかんねえよ、ちょっと待ってろな、はずすから」

 はずしてくれちゃうんだ!
 なまえはこの海賊の不用心さに少し感謝する。そして心の底は良い人なのかもしれない、と少し思ってしまった。だけど、海賊は海賊。
 男は不器用ながらになまえの頭の後ろで結んであった布を解いてくれる。なまえは久しぶりに訪れた口の解放感にほっと息をつく。

「あの、トイレに行きたいです」

「はあ!?えー…っと、じゃあ、…どうしたもんかなあ」

 この男は本当にそこまで悪い男ではないらしい。捕まった身ながらも、少し罪悪感を感じるくらい。なまえはその芽生えかけた罪悪感を振り払う。これには自分の人生が掛かっているのだ。

「ちょっとだけ、縄を解いてください。あたしこの町に来たばかりだから、道とかぜんぜんわからないし、逃げてもすぐ捕まることなんてわかってます。おねがい」

「いや、縄を解くって…そんなことできるわけねえだろ」

 くっだめか。ちょっと良い流れだと思ったのに。さすがにそこまで鈍感ではないか、となまえは歯軋りした。が、腕の解放感に目を見張る。
 ――――え?

「逃げたら承知しねえかんな、わかったか」

 わかりません。ごめんなさい。なまえは思った以上に優しかった海賊の男に、なんと言って良いかわからなかった。なまえは足の解放感と同時に  一瞬迷ってしまったが  男を突き飛ばして倉庫の出口に走った。

「あっ、おい!まて!!」

 待てません。ごめんなさい!なまえはさっき歩いた町並みに向かってダッシュした。




 なまえは、この町並みを大方把握済みである。だからどこが行き止まりかはもちろん、どうやれば分かりにくい道に入り込んで、どうやれば男たちを巻けるかわかっていた。
 だが、男たちは仮にもプロだ。大の男4人が本気で追いかけるのに、なまえのことをやすやすと逃がすわけがなかった。

「すっすみません!どいてっ、どいてっ!」

 なまえは全力で逃げる。男たちが本気で追う。もう祭をやっている町の中心地まで来たというのに、男たちは諦める素振りをまるで見せない。てっきり人がたくさん居るところにくれば大丈夫と思っていたなまえにとっては大誤算だった。
 人混みのお陰でまだ目で見てわかるほど距離は縮められてないが、なまえの体力のこともあるし、このままでは捕まるのも時間の問題だった。
 男たちの怒声が後ろから聞こえた。なまえはその怒声が案外大きく聞こえたことに驚いてちらりと後ろに視線をやる――――と、

「へぶっ!?」

 ものすごく堅いものにぶつかった。視線だけ後ろに逸らして顔は正面を向いていたものだから、自然と鼻が一番ダメージをうける。つーんとした痛みに涙が滲んだ。
 ぶつかった相手を見ようと顔を上に上げる。でかい!第一印象。オレンジ色のテンガロンハットを被っている、白いシャツを文字通り腕を通して羽織っただけの男に、正面衝突したらしい。しかしダメージを受けているのはなまえだけだった。――胸板堅っ!

「すみませっ…」

 ぶつかった反動でよろけたなまえだったが、すぐに後ろに男たちが迫っているのに気づいて再び走り出そうとする。正直うずくまってしまいたい衝撃だったがそんなことも言ってられない。
 なまえのぶつかった男はなまえを見てなにか言いかけたようだが、それより後ろの男たちが叫ぶのが早かった。

「その女食い逃げだァ!捕まえろ!」

「え!?ちょっと!!?」

 何を言ってるんだ!なまえは一斉に自分に向かった町中の視線に冷や汗を流す。しかし町の人たちもまだ状況が把握し切れていないようで、なまえを捕まえようとする人はいなかった。なまえが息をついたのも束の間、男たちは少し開いた人垣を走ってきていた。距離にしてあと10m。

「…!ごめんなさい!!」

 なるべく関係のない人に直接的な迷惑はかけたくなかったが、捕まってしまっては元も子もない。なまえは自分がぶつかったテンガロンハットの男のシャツを掴み、思い切り手前へと引っ張る。男は予想外ななまえの行動にまともな判断もできず、前のめりに倒れそうになる。なまえは倒れてきたテンガロンハットの男をうまく避け、横に抜けて振り返らずに走り出す。
 テンガロンハットの男はなまえに引っ張られ、転びそうになる。が、よろけた先にはなまえを追ってきた男たちが居た。

「なっ…!?」

「うわあ!」

 当然両者受け身をとれるはずもなく、テンガロンハットの男と、追いかけてきた男たちの先頭の男は頭から正面衝突することになる。
 なまえは思ってそうしたのだった。これでなんとかあの男たちは巻けるであろう。ごめんなさいこの借りはいつか必ず。なまえは心の中で呟いて、振り向くことなく走っていった。テンガロンハットの周りに居た男たちから「エース隊長!」と声があがるのを遠耳に聞いたが、立ち止まることはしない。

「エース…隊長?」

 少しだけ、引っかかることはあったが。

20100707 織間