その日は、明後日からイタリアへ一年間留学するクラスメートの送別会だった。この物語の主人公であるみょうじなまえは、自分の住む県内の公立高校に通う女子高生だった。
 少し特異なところはあれど、普通の、女子高生だ。

 そしてその日、送別会で送られるのは誰でもないなまえだった。
 親の仕事の事情で、イタリアに一年間かもしくはそれ以上滞在することになっていた。最初は嫌がっていたし反抗もたくさんしたけれど、仕事の事情なら仕方ない、なまえは先ほど言ったように特異なところはあれど、普通の女子高生だから、最後にはあきらめてついていくことに首を縦に振ったのだった。

なまえー!もう絶対に忘れないからねー!」

 ぎゅうっと抱きしめてくれる友人たち。学校の近くの飲食店を貸し切って、クラス総出での送別会だ。これ以上の幸せはないだろう。
 しかし、なまえにはなんともいえない焦燥感があった。
 この人たちは、たぶん、すぐに自分を忘れてしまうだろう。一ヶ月もすれば、この人たちはこの人たちなりの恋や、勉強や、部活や、そういう日常に自分の存在は埋もれてしまう。人の心を誰よりも理解できるなまえだからこそ、わかってしまうからこそ、虚しかった。

「えへへ、ありがと」

 虚しかったから、笑っている反面、泣き出してしまいそうだった。




 送別会は夜9時を回ったところでお開きになった。本当はもう少しいてもよかったのだが、なまえはあまりにもいたたまれなくなって、門限があるからと嘘をついてしまった。
最後に駅まで送ってくれた友人たちに別れをつげ、抱き合い、目を潤ませ、手を振り、改札を通る。あんなに一緒にいたのに、案外あっけなかった。

 駅のホームで、電車を待つ。もう荷造りはすませてある。今日もらったプレゼントはまだあけずにバックの中に入っている。

 回送電車が通過します。

 通過した電車がまとっていた空気が風になって、なまえの着ていたセーラー服を靡かせた。
 梅雨明けの初夏の、なま暖かい風がなまえを撫でる。

 回送電車が通過します。

 なんだ回送電車がやけに多いな、と普段使いなれない駅のホームから電車がくる方へと視線をずらす。すこし見えずらかったから、屈むようにしてくる方向へと目を凝らす。
その時だった。

 争うような声が聞こえたと思うと、どんっとなまえは後ろから押された。え、となまえは後ろを振り向くと、そこには酔っぱらっているのだろう、つかみ合ったスーツ姿の会社員らしき男性二人と目が合う。二人は時間が止まったように静止し、目を見開いていた。
 もともとその二人の取っ組み合をみていた周りの駅利用者も、喧嘩の末におきた”まさかの事態”に息をのんだ。

「あ、」

 ゆっくりと、ゆっくりと、なまえは反転する視界と、ふわっと浮き上がる自分の髪の毛を見た。

 誰かが遠くで叫ぶ声が聞こえて、右を見ると、つんざくような間抜けな音を発する、電車が迫っていた。

 ああ、自分はここで死ぬのか。

20100707 織間