高校二年生の5月某日。
周防尊にとってはいつもと変わらない日であったが、みょうじなまえにとっては決別の日であった。
周防や草薙と親しいながらも真面目ななまえにしては珍しく、午前中の学校に出席していなかった。周防はその事実に少しの違和感を覚えるものの、なまえも人間なのだからそれくらいのことはあって当然だろう、とさして気にせず連絡を入れるということもしなかった。
そして放課後、なまえから電話が入る。
「尊?いま、時間平気かな、っていうかもしかしてまだ教室にいる?」
「ああ」
「そっか。じゃあ今からいく」
なまえは放課後になって教室に用があるらしい。いよいよ珍しいなと首を傾げそうになるが、とりあえずくるということなので周防は誰もいなくなった教室でなまえを待つことにした。
すると、ほんの5分ほどでなまえが教室の前方のドアから現れる。
「ごめん、待たせちゃって」
「…いや。来てたのか?」
「んー…さっき来たの。職員室に用があって」
そういって曖昧に笑ったなまえが、周防の座っている窓際の席の方へ歩いてくる。
そして、周防の手前3メートルで止まった。
いつもならばそのまま隣の席に腰掛けるのに、今日はなぜか立ったまま、てのひらを体の前で併せて、指を絡ませてなにか言い出したそうに俯いている。
「………、なんだよ」
「………」
いつものなまえと違う。
決していいものではないその印象を周防が感じ取った直後、決意したように顔をあげたなまえは口を開いた。
▽
周防となまえがバーで一瞬の邂逅を果たしてから数日たったが、なまえは未だにひききらない熱に悩まされていた。しかし、自宅にひとりというのも逆にいろいろ考えてしまって落ち着かないので、薬を飲み騙し騙しで出勤していた。
なまえの働く店は、その業界では“高級店”に位置づけられる。
四国にいたころ、偶然知り合った人物のツテでシホと知り合った。祖母が亡くなって、タケルを抱えて右往左往していたなまえに声をかけてくれたのはシホである。
「なまえ、ウチの店で働かない?」
シホは聡いから、きっとなまえの事情だとかはすべて事前に把握済みだろう。
祖母となまえとタケル、という奇妙な同居生活も知っていたし、祖母が亡くなったときから親類の目は直接なまえに向かうこともわかっていたのだ。亡き祖母の家に、タケルとふたりで居座ることはなまえにはできない選択だった。
そうなるとなまえは引っ越しのことだとかも考えなきゃならなかったし、新しい就職口だとか、タケルの預け先だとか、これからのことは前途多難だった。そんななまえにとって、ある程度の報酬をシホという見知った人が保証してくれるその申し出は、とてもありがたいものだった。
21歳の冬、ためらった末に背に腹は代えられないと鎮目町に越してきて、そのままシホの店で働くようになった。
最初こそはじめての接客業にびくびくしていたものの、コツを掴んでからはそれほど苦労することでもなかった。シホの店は“高級店”であり、来る客も品が良く―――休憩中の同僚の話を盗み聞くかぎり、どうやら財政界のお偉いさんまで出入りしているらしい―――悪酔いして絡んでくることも少なかったし、なにより(財政界へのパイプをもっているらしい)シホの睨みがあれば大抵の客は一線を越えるような行為をしない。
そう、大抵の客は。
「え………」
「え、」
例外がいるのだ。
たとえば、ほんとうにどうしようもない酔っぱらいだとか、シホの持っているパイプに繋がっていないお偉いさんだとか、財政界の出ではない有名人だとか―――アンダーグラウンドな職業関係のひと、だとか。
「へえ、なまえちゃん、ここで働いとったんかぁ」
あの一角の席はイケメンがいるけどなんか悪い雰囲気がするから入りたくない。
と、なまえより年下の女の子たちが揃って拒否してしまって、あまりにも手薄になっているなかで瑞穂ががんばっているのを見かねて、ヘルプで入ろうと向かったなまえを出迎えたのは、ほかの誰でもない、なるべく出会いたくない筋の顔見知り。
―――草薙出雲だった。
「失礼しました」
席の側に寄って横にたち、挨拶をしようとしてその姿を視認した直後、なまえはきびすを返して歩み去ろうとした。
瑞穂が裏切り者をみるような涙目でみていたがそれどころではない。
「ちょい待ち」
「ぅひっ」
颯爽と去ろうとしたなまえの左手首を掴んだのはほかでもない草薙で、のどの奥から変な声が漏れる。
「接待してくれるんとちゃうの、なまえちゃん」
草薙は「ん?」と笑顔で問いかけて来てはいるがその言葉は断定の意味しかもっていない。
なまえがそろりとそのテーブルに視線を巡らせば、強面のオニーサンたちがひいふうみい…となまえをガン見していた。なにこれどういうことなの。
「い、いや、あの…知り合いがこういうところでつくのはあまりいいことではないんじゃないかと…思います…」
「気にせんて、ほな、俺の隣なー」
「草薙さ、」
なまえの反論なんてどこ吹く風、草薙はそのまま少し奥へと詰めると腕を引いて有無を言わせず座らせた。
「…あの…」
「ん? いやあ、なまえちゃんがこないなところで働いてるなんてなぁ。接客とかできるん?人って変わるんやな、この前も思ったけど、なまえちゃん、別嬪さんになってびっくりしたわあ」
「………はは」
せっかく接客業にもなれてきていたと思っていたのに、その経験がまったく生かせない。無理。
なまえは乾いた笑いしか返せず、目もあわせられず、ハッキリいって最悪の接客態度だ。シホがこちらをみていないことを切に願う。
「えー、なに、なまえと草薙さんお知り合いなんですか?」
向かいで強面のお兄さんの相手をしていた瑞穂が瞳に好奇心100パーセントを浮かべて訪ねてくる。こんなとき瑞穂の素直さは接客に最適らしい。
「ちょっとした昔馴染みや。な?」
「………はい、まぁ、そんな感じで」
あまり深く追求されたくないのに、曖昧な返答しかできなくて手に汗を握った。瑞穂がこれ以上つっこんでこないといいのだけれど、とちらりと視線を送れば、きょとんとした顔で見つめ返される。どうやら追求することはないと見なしたらしい。
「えと、今日はどうしたんですか、草薙さん。こんなところに」
なまえがしどろもどろになりながら言うと、なにかおかしかったのか草薙がくくく、と笑う。
「ただのシゴトや。オシゴト」
「草薙さんの仕事ってバー経営じゃなかったんですか?」
「んー、まあ、兼業というか、バー経営の傍ら必要業務っちゅーか」
「へ、へえ…」
バー経営とはこんな強面のオニーサンたちとこういうお店にこなきゃいけないような仕事なのかと内心半笑いだったが、バーにたむろしていたガラの悪い少年青年たちを思い出して、つまりはそういうことなのだろうと無理矢理納得した。
「………」
「………」
話すことがない。
なまえからむやみに話題をふると、核心に迫る質問を避けられないかたちで受けかねない。正直いってこうやって一対一で話をする場合、あの三人の仲なら草薙が一番厄介だとなまえは思っていた。
ちらりと盗み見ると、ニコリと返される。なに考えているの企んでいるのか、表情が読めない。
「なまえちゃん、なんか聞きたいことあるんやないの?」
「え、」
「なんもないならええけど」
そういってなまえから視線をはずして強面のオニーサンたちと世間話のようなものをはじめてしまった。そんな草薙の言葉に違和感を覚えつつも、わざわざ自分から聞くほどのことでもない…と思いたくて、なまえは追求するのをとりやめる。
そこで、肩が思い切り跳ね上がるほど驚愕した。
「く、草薙さん…!?どっ、どこさわってっ」
背中側を通してなまえの左腰に添えられた草薙の手が怪しい動きをしている。これは普段の店のルールからすれば完全にギリギリアウトレベルの接触なのに、どうやらソファの陰で隠れているのか、目の前の強面のおじさん方含め草薙さんはシホも手を出せない筋のものなのか、制止が入ることはなかった。
いったいなにを考えているんだこの人は―――。
そういう非難の意味を込めて草薙を見ると「ええ顔」とにこりと微笑んでいる。やめるつもりはないらしい。
「あのですね、こ、こういう行為はやめていただきたく…」
「なんで?―――なまえちゃん、案外初なんやな」
その言葉に思わず目を見開いた。
普段ならば何の歯牙にもかけない程度の表現だが、この
タイミングで、ほかでもない草薙がいった言葉だから、裡の意味ばかりを模索してしまう。
「ひっ!?」
トップスの裾がくい、と引っ張られる感覚がして、なまえはちいさく悲鳴をあげた。なにが起きているのか、まだよくわからない。わかりたくない。
「なまえちゃんであんな年の子おるくらいやから、昔とくらべてずいぶんマセた子になってもうたなぁって思ってたんやけど、そうでもあらへんの?」
普段のなまえなら。
ここ数日の慢性的な痛みとたびたびでる微熱が頭を襲っていない状態のなまえなら、この草薙の発言にも冷静に対応できたはずだった。
しかし、今日のなまえは思考回路が短絡的で、草薙の言葉は妙に辛辣に、そして悪辣に変換されて脳内で理解された。
―――勝手に消えたあげく、そこらへんの男と子づくりした、尻軽女。
ぷつん、と頭の中で何かが切れる音も、なまえには聞こえていなかった。
なにを言われても我慢すると、仕方がないことだと割り切っていたにも関わらず我慢しきれなかったのは、なまえが精神的にまいり始めていた兆候だったが、それに気づく人はだれもいない。
「って、あれ、なまえちゃんなんか体温高…」
なまえの素肌に一瞬触れた草薙が、その異様な熱さに驚いて手を引っ込めたがもうおそかった。
なまえはガシッと机の上にある氷の入ったお酒をつかむ。
そしてそのまま何の迷いもなく流れるような動作で草薙の顔面へとぶっかける。
「―――は………」
その席の動向を遠巻きに見守っていた娘たちが突然起こったまさかの事態に唖然として黙り込んでしまって、店内が静寂につつまれると、カランカランと氷が床に跳ねる音だけが響く。
草薙も、瑞穂も、強面のオニーサンたちも、目の前でなにが起きたのか理解しかねて声もでない。
なまえは空になったグラスを持ったまま立ち上がる。
「なんも………」
俯いたなまえの手から、グラスがゆるりと滑り落ちて床で砕け散った。
「なんもしらないくせに、くさなぎさんのばか、ばか、最低!」
なにも知らないもなにも、なまえが完全に秘匿している
ことだからあたりまえであるのに、今のなまえはそこまで考えることもできなかった。
ぼたぼたと流れる涙を拭いもしないで、幼いこどものように「うううう」と唸っている。
なまえはこの店の中でも年のわりに落ち着いた性格で、いつも思慮深い質であったので、年下であろうが同い年であろうが、優しい姉のように慕われていた。
そんななまえの泣きじゃくる姿に呆気に取られた全員が呆然としていて、びしょぬれの草薙に対応するのも忘れていた。
「わ、わたしだって、っ………!」
ずっと一緒にいたかった。
そう全部吐露しそうになっている自分がいることに気づいてしまったなまえは、その事実に一番ショックを受けた。
後悔なんて、したくなかった。しないと決めていたのに。
自分を守るためにした決断だったから、間違いはないと、最善だと信じてきたことが崩れ落ちそうな感覚に、ショックをうけた。
うんともすんともいわなくなったなまえの肩を、後ろから延びてきた華奢な手がつかんで、押し退けた。
「お客様、本当に申し訳ありません、お詫びをいたしますので、こちらに」
シホがなまえを庇うように前にでて、深く頭を下げていた。さきほどまで静止していた瑞穂も、シホの行動をみてさっと立ち上がると「も、申し訳ありません!お洋服、シミになるまえに処置いたしますので、お預けください」とすごい勢いで動き始める。
シホがでてきて収拾に目処がついたと判断したのか、時が止まっていたようだった店内もにわかにざわめきを取り戻す。
雑用の男性職員が飛んできて、床と机との掃除を始める。
「………っあ、わたし、すみませ、」
自分のしでかした失態と、周囲にかけた迷惑を自覚したなまえは血の気が引いた。あわてて謝罪を口にしようとすると、シホがくるりと振り返る。
「なまえ、今日はもう下がって」
真っ正面からそういわれて、なまえは唇をかみしめた。迷惑をかけてしまった。草薙とのことは、完全になまえの私情だというのに。
せめてこの事態を収拾するまでは帰れない、そう思ってもう一度謝罪を申し出ようとしたなまえを、シホの瞳が貫いた。
「下がりなさい」
庇ってくれている―――なまえは直感した。
ふつうならこの状況でシホが客への謝罪以上に優先するものなど、そうありはしないはずだ。草薙とその連れをみて、これ以上なまえを同席させると危険だと判断したのかもしれない。
そんなシホの決死の判断に反論するほどの余裕はなまえにはなくて、小さな声でもう一度謝り言われたとおりにするしかなかった。
▽
草薙は店の裏に通されて、シホと瑞穂の必死の謝罪を受けた。シホが店の処理に戻ると、控え室には草薙と瑞穂が二人きりで残される。
「なんや…悪いことしてもうたなあ」
なんとなく間が悪くて、そうひとりごちると、草薙のジャケットをシミにならぬように処理していた瑞穂の手がぴたりと一瞬止まった。
「………草薙さん、なまえとどういう関係なんですか?ほんとにただの知り合い?」
作業を再会した瑞穂が、背中を向けたまま問いかける。
「ん? せやけど、なに、疑っとるん?」
「そういうわけじゃあないんですけど。なまえの昔の知り合いとか、むしろ男のひととか、みたことも話を聞いたこともないから」
そういいながら草薙のジャケットをハンガーにかけて、適当なビニール袋をかぶせる。「お店のほうでクリーニングに出しておきますね。本当にすみません」と瑞穂は言った。
じゃあ今日なに着て帰ればいいんやろ、というつぶやきは胸の奥に押し込んで(たぶん瑞穂には答えられなさそうだと、この出会ってから数時間という短いつきあいの中で草薙は察した)、なまえと仲が良さげなのを好都合とばかりに質問を繰り出した。
「…な、タケルくんて、しっとる?」
「え、草薙さん、タケルくん知ってるの?」
「じゃあ、ほんとうに昔の知り合いなんだ」と、さきほどまで少し滲みでていた警戒心がまったく消滅したのを感じ取る。瑞穂は明るく続けた。「あっでも、タケルくんのことは秘密ですよ。ほとんどのお客さんには隠してることだから」
「ああ、うん。なまえちゃんから男の話聞かへんってゆうけど、タケルくんのお父さんってどんな人なのかも、知らんの?」
「んー、ちゃんとは聞いたことないかなあ。でも、シホさんとかと話してるのを聞いた限りだと、結婚はしてないみたい」
「そうなん?」いつのまにか瑞穂の敬語がとれていることに草薙は気づいたが、指摘するより促すほうを優先する。
警戒を解いたらしい瑞穂は、そのままぺらぺらと喋りだした。
「タケルくんにこっそり聞いてみたこともあるんだけど、みたことないって言うの。あんな年だし、みたことを覚えてないだけなのかもしれないんだけど、写真もないし、なまえが父親のはなしをしたこともないらしくて」
なんかさみしい話ですよねえ、と寂しげに笑う瑞穂をみて、草薙は先ほどの取り乱したなまえを思い浮かべていた。
―――気丈な子だと思っていたのだ。
学生時代、なまえと過ごしたのはほんの1、2年くらいだったが、なまえが泣いたり取り乱したりしたところをみたことはいちどもなかった。いつも周防の隣で小さな花が咲くように笑ってよりそって、そんななまえのとなりにいる周防もどこか優しげだった。
それが、突然いなくなった。そして、突然現れた。
一見なにも変わっていなかった。変わっていなかったから、ならばどうして、という疑問が浮かんで、それはふつふつとした不満となっていった。
「タケルくんから聞いた話、それっぽい男のひともみたことないっていうから、なまえ、タケルくんが生まれてからずっと独り身ってことでしょ? ふたり暮らしとか、ちょっと心配なのに、いくらいっても全然男の人寄せ付けないんだもん。ある意味すごい」
ちょっといじわるしてやろうと思ったことは否定しない。なまえがどういう反応を起こすのか気になったし、戸惑えばいいと、そういうあくどい感情があったことも。
そして、あの反応だった。男性にふれられることに全くといっていいほど馴れていないくらいの反応に、この瑞穂の証言だ。
「ね、草薙さん」呼びかけられて見上げると、瑞穂が完璧なくらいの笑顔で微笑んでいた。「なまえのこといじめたら、許さないですから」
「………はは」
いたずらっぽい仕草で、それでもどこか真剣な様子でそうけしかけてきた瑞穂に草薙は苦笑いして、「ほんまに悪いことしてもうたなぁ」と、猛省した。
▽
なまえは職員室に退学届けを提出するために学校にいった。彼ら―――周防たちに、何かをいう必要はなまえにとってなかったし、いうつもりもなかった。
しかし、事務的な手続きをすべて終えて、担任に心配するようなひとことをかけられて、それに形式的に答えて、職員室の扉を後ろ手に閉めたとき。
ふと、彼と話したくなってしまったのだ。
電話でいい、そう思って携帯を取り出してかけてみると、携帯を放置しがちな彼にしてはめずらしくあっさりつながった。
まるで、どこかのだれかが“ちゃんとはなせ”といっているみたいに。
「尊?いま、時間平気かな」なまえはふと、耳元から聞こえてくる背景音に、グラウンドで部活をする掛け声が混じっているのに気づいた。「っていうかもしかしてまだ教室にいる?」
「ああ」
「そっか。じゃあ今からいく」
そんなつもりも予定もなかったのに、気がついたら彼に会いに行くことになっていた。電話を切ってから、少しぼうっとしてしまう。そして不意にこみ上げてくるものをこらえるように、笑ってしまった。
「…あきらめが悪いなあ」
ぐっと感情を振り絞って追い出すように拳を握ってから、周防の待つ教室へと向かった。
教室にたどり着くと、そこには窓のそとをぼうっと眺める愛しいひとがいた。すぐには声をかけずに、その光景を目に焼き付けるよう数秒見つめて、決意が鈍る前にと足を踏み出した。
「ごめん、待たせちゃって」
「…いや」気だるげな瞳は相変わらずだ。「来てたのか?」
「んー…さっき来たの。職員室に用があって」
いつものように近づくことが憚られて、すこし距離を置いて立ち止まってしまう。
そんななまえを不審げにみた周防が、低い声で「なんだよ」と促した。
なまえは目を伏せる。
―――これをいったら、もうあとには戻れない。
ほんとうにいいのか。彼を失って、自分は大丈夫なのか。人生を、家族を、ほかのなにもかもを天秤に乗せてまで、決めなくちゃならないことなのか。
もうとうに固まったはずの決意が、周防を目の前にしただけでここまで揺らぐ。
なまえは、これ以上ここにいてはいけないと理解した。
振り切るように顔をあげる。
「別れてほしいの、尊」
なまえは、そう告げた自分の声が、どこか遠くの別の場所から聞こえるようだった。
「大事なひとが、できたの」
周防の表情からなまえが読みとれたものは、悲しみでも怒りでもなかった。自分の瞳にフィルターでもかかってしまったように、まったくなにも読みとれない。
周防はただ、なまえのことをじっとみつめている。
「ごめん…なさい。ほんとうに、ごめんなさい」
―――そう吐き捨てるようにいって教室を去ったなまえを、周防が追いかけてくることはなかった。
20130129 織間
草薙さんが裏で稼いだ汚い金が吠舞羅の資金ってどういうことですか?(大興奮)